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メディスンカード・リーディング
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10月のメディスン

 

どうもです。

10月のメディスン出してみました。以下。

 

 

★10月のメディスン★

 

 

キーワードは支度、準備、下ごしらえ。

必要な作業を実際にはじめる、手を動かす。

 

イメージとしては、休耕地の稼働に向けての下地づくり。

で、まずは眺めてみる、現場、現状を把握する、みたいな感じ。

 

 

休耕地、というと、定義がちょっとずれてしまうかもですが、

いまは育ててない土地、空けてある土地、植えるつもりだけどなんらかの理由で植えられない、植えてない、でも手放さない手放せない土地、

あるいはいつかなんか植えたいなーと思いつつ、とにかくキープしてる土地、みたいなイメージ。

 

で、もしかしたら、本来こっちが種を撒かれ、育て咲かせるべくあった土地なのかもしれない、

あるいはそろそろこっちを稼働させるときなのかもしれない、そんな雰囲気なのかも。

 

さらにいうと、そうであろうとなかろうと、もしかしたらはずれているかもしれないけれども、

こっちに種をまいてみたかった、ここで育つ何かをみてみたかった、とずっと、もしくはぼんやりとでも思っていた土地、

頭の片隅なのかこころの奥なのか、とにかくあり続けていた土地、

そこを思い切ってつかってみるための準備、をするときなんじゃないかと。

 

 

ひとによって、みんなそれぞれ立ち位置やこれまでの道程のようなものはちがうから、

そのひとにとっての準備の仕方、プロセスもちがうし、ちがって当然ですよね。

 

だからひととくらべることなく、ひとの目を気にする必要もなく、

というか自分とその土地との関係、

気にするのはこっちだと。

 

頭とこころ、はたらかせるならその土地どうつかうのかと、

己と土地、とりあえずいまどうなってんのか、まわりの誰かや何かじゃなく、

そっちをみないとはじまんねえじゃんよと。

 

とりあえずそれをみてたら、どんな準備が必要かって、考えるまでもなく自然に発生すると思うんです。

まさにその種のなかにすべてがあり、そこから発芽ってすでにたぶんはじまってる。

 

 

その土壌を知ること。

つまりまずは土地の様子はどんなか、土OKか、雑草抜くとこからか、それはそのひとの感覚と土地の状態で変わってくるし、

いつかと思いながら、とりあえず毎日土をならしているひとと、なんにもしてなかったひとではちがうじゃないですか。

 

そこをくらべたってしょうがない、いまいるところからはじめるしかないし、

逆にいえばいつだって、いまいるところからはじめられるんだもん。

実際、雑草生やしたままやってく農法だってあるわけじゃん。

 

たとえば、はじめたいのはやまやまだけど何植えたらいいかわからないとか、どう植えればいいかわからない、

というのも自分じゃん、自分と土地の関係じゃん、だから一回眺めてみる、ちゃんとみてみる、自分と土地を、

その種の感触をたしかめながら。

 

 

とにかく眺めてみる。

ちゃんと、自分と土地、そして種をみてみる。

その“考え”“思い”はほんとうなのか、その理由はなんなのか。

 

雑草生やかして作業遅らせてんのはもしかすると自分かもしれない、

実は土地をつかうのが、種をまくのがこわいのかもしれない、

あるいは、その土地、ほんとは必要ないのかもしれない、

それに気づきたくないから、

実は動かさなくて済むようにしてるだけなのかもしれない。

 

 

だからまあ、しのごの言わずに、とりあえずみてみようよと。

“みる”ということがきびしかったり面倒だったりするのかもだけど、

でも結局は、自分がらくに、スムーズに暮らすための調査なんですよね、それ。

 

 

とにもかくにも The POWER of NOW!!!

 

 

そう、いろいろ書いてますけど、

種も土地も、ちゃんと最初っから持ってる。

蒔いて育てられる分の種を全員携えて生まれてきてる。

 

というか、自分が種そのものだと思うんですよね。

 

 

というわけで、また〜。

素敵な週末を〜〜〜☆

 

 

 

 

 

 

 

 

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今日の、今月末までの、今週の等々、いつでもなんのでもいいメディスン

 

来月はいそがしくしよう、とか決めるとそのようになるんですけど、

先月そのように決めたらやはり今月もそのようになり、いまちょっとだけひと段落したので書いてます。

 

とりあえずこの時間ですが、まずはお知らせを。

毎年恒例のTシャツ祭りが行われていまして、今年も出品させていただいてます。

 

http://www.losapson.net/tshirtfair/

 

わたしのブランド名は内緒ですが、通常みることのできないデザインのものが盛りだくさんですので、といっても今日最終日なのですが、なんか最近ぱっとしないなーとか、憂鬱だなーとか、何か煮詰まってるひととかは、なんらかのエネルギーや勇気のようなものを得られるんじゃないかと思いますので、思い切って外出してみてください。

 

いちおう22時までやってる&DJやライブもやっていますので、ぜひぜひ(もっと早く告知しとけよ、ですよねほんとにすいません)。

 

 

そして同じくこの時間ですが、メディスン出してみました。

タイトルのとおり、どの期間でも、あるいは自分のいま気になってるトピックにはめてみたりなど、

自由につかってくださいませ。

 

 

***

 

 

テーマは「自分を楽しませる」。

 

ひとは自由を叫びながら、あれはこういうもの、それはああいうもの、とひとつひとつ定義し制限し、

もっといえば自由それ自体をこうだと決めてしまって、結果不自由にしてしまうという不思議な性質をもっていますが、

そうした性質自体にもなかなか気づかないようで、

また自由を叫び、を繰り返したります。

 

ルールにがんじがらめで不自由を感じながら、

あれだめこれだめ新たなルールで自分を縛り、

自由、自由と叫んでみても、

どこに自由があるものか、

という感じで、掟破りの猛者を讃え憧れながらもやはり自らを掟の部屋にとどめてしまう。

 

だったらもう、掟をしかない、なんも決めない、決まり自体をつくらない、

 

って言うのは簡単だけどさー、

そうですよね、ほんと口で言うのは簡単ですよね。

 

だったら一個だけ決めるのはどうでしょう。

「自分を楽しませる」。

これ一個だけを掟にして、自分をそこに縛る。

 

楽しんではいけない、とか、

楽しみのあとには苦しみ、とか、

これをしてからでないと楽しんではいけない等々、いろんな掟が出てくるかもしれません。

それらはもはや誰が決めたものかもわからないと思うし、

たぶん根拠自体が曖昧だと思うので、もう破棄してしまったらいいとおもいます。

 

もっといえば、それはもともとたくさんあるなかのひとつの提案であって、

掟にする、と決めたのは誰でもなく自分かもしれません。

それも、吟味も議論もすることもなく、ただ無意識に、無自覚に。

 

鳥や虫はただ蜜を求めて花から花へと飛び移ります、

そこに用がなくなれば次の花へ、

しかも彼らは知らずに花粉を運び、新たな花を開かせます。

 

いったい、それを誰に責められる必要がありましょう。

責めるのはいったい誰でしょう。

 

 

というわけで、ひさびさに

Have a great NOWHERE!!

 

ではまた〜☆

 

 

 

 

 

 

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今日の(限定というわけではない)メディスン

 

こどものころから心臓にちょっとした疾患があるせいかもですが、

基本、すわりの脳仕事だからというだけでなく、

血流とか代謝がもともとあんまりよくないのも肩こりとかが慢性的になりやすい要因なのかも、

で、すわりっぱなしの脳フル回転が続くと深度がまして動けなくなる、というパターンになってるのかも、と、

まあとにかくあんまりからだが痛いので、昨夜寝る前にすごい簡単なヨガと、今朝起きて軽いストレッチ&からだがかたいひと用の簡単なヨガをyoutubeでみながらゆるーく20分くらいやってみたら結構すっきり、

で、今日のメディスン出してみるか、と思ったら、まさにこれじゃん! という感じで、

 

 

テーマは「どける、あける、流れを戻す」。

 

 

すべてのものって、循環してる。

これはイメージですが、全体というものの大きな流れと同時に、

それぞれ固有の流れがあって、

それは周波数でも素粒子の動きでもなんでもいいですが、

自分、というものにも固有の流れがある。

 

もしも何か滞っていたり、動きたいのに動いてない、動けない、という感覚があるなら、

それをせきとめている何かがたぶんある。

 

せきとめているものが発生した理由は、さまざまだと思うんです。

でも、そんな理由はとりあえずよくて、

とにかくどけていったらいいじゃないかと。

 

めんどくさいとことか、きびしいと思うところはあとまわしでもいいじゃん。

そもそもそれがたいへんなこと、でかいこと、って判断してるのは頭なんだし、

ほんとにそうかどうかなんて、わからない。

わからないなら、すくなくともいまはほっといたっていいじゃん。

 

それよりもいま向かいたいと思う方向、それ自体はどこなのか。

 

 

目の前の、すぐ手を伸ばせばつまんで別のところに移動させられるものからでいいし、

ほんとにゆるーく5分、からだをきもちいい感じに動かすだけで、

ものすごい数の細胞や液が動き、すくなくとも血管やリンパの流れはその5分前よりもスムーズになる。

 

からだの可動域がほんのちょっとひろがるだけで、

思考じゃなく、“ひらめき”の数が増えるかもしれない。

 

 

どけて、あける、

いろいろきびしいんなら、

かるく、ゆるいとこからでいい。

 

“それ”をらくだと感じるひともいれば、

難しいと感じるひともいて、

どっちにしても、判断してるのは頭であって、真実ではない。

 

だからあくまでも自分というものの“感覚”で、

どっからいったってやったっていいじゃない。

結局、求めてるほんとのほんとのものって、

たぶん同じなんだとおもうから。

 

 

ここちよくあるということ。

結局、それが自分というものの通常の流れ、なんじゃないですかね。


 

 

というわけで、今日のメディスン、とふれこんでますが、

この時間であり、別にいつとかこだわらなくていいし&そんなに毎日いろいろやんなくてええがな、と思うので、

とりあえず、なんかどけてみてくださいな。

ゆるゆる運動だけでもすごいいいとおもいます。

毎日何か1個捨ててみるとかも。


 

 

あ、あと、お知らせ忘れてました。

 

明日17日(土)18日(日)13:00〜18:00、Ruby in the Sodaという雑貨屋さんで開催される「西麻布蚤の市」というイベントに、ブレードやボタンやビーズなど、ちょっと手芸材料を出してます。

わたしはもしかしたら明日ちょっとだけ顔を出すかもですが(リーディングとかはしません)、

いろんなひとが不思議なものやかわいいものなどいろいろ出品してるので、ぜひぜひ見に行ってみてくださいませ。

 

 

というわけで、明日からまたちょっといそがしくなるので、

これからちょっとぼっさりしてきます。

 

では、めくるめく週末を☆

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

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6月のメディスン

 

前回からの流れで出してみた今月のメディスンです〜。

 

 

 

6月のメディスン****************

 

 

テーマは「ゆるめる、ひろげる、はずしてみる」。

 

すべてのものごとはいいもわるいも正しいも間違いもなく、「ただ起こっている」だけですが、

頭/思考/エゴ/マインドは、“わたし”が「考えて」「選択し」「結論し」「行動している」と思っている。

 

それがうまくいくかどうかは神のみぞ知る、で、

うまくいけば“わたし”ががんばったから、すごいから、あるいは神ありがとう、となり、

うまくいかなければ誰かや社会や何かがわるい、または自分がだめわるい、神いない、と判断します。

結局そうでしょ、そういうものだよと。

 

でも思うのです、それはほんと? 

誰が言ったの、決めたの、どのあたりのルールなの、と。

 

 

もしもいま何かはりつめたように思うことがあるなら、

常に、ではなくても、それを思うときつらく重く苦しくなるのなら、

とりあえず、ちょっと自分をゆるめてみてください。

 

 

たとえばからだ。

何かストレスが発生すると、脳の分泌物質の増減が起こり、

血管は収縮し、血流も心拍数も変わります。

具体的な順番やプロセスはさておき、

筋肉、臓器、からだのすべてに変化が起こり、

それはひとつひとつの細胞が、「やばーい無理ー」とダメージを受けた班と

「事件や事件や〜なんとかせねば〜〜」と対処のために奔走する班とが

それぞれの動きと連携でもってせめぎ合っているかのようで、

のぞいてみたら、結構すごい光景かもしれません(それとて、そうした動きが起こっているだけなのですが)。

 

そしてそれは間違いなく、健康、というものにかかわっている。

 

 

脅かしたいわけではありません。

ただ、からだはそうした仕組みで動いている。

そして、こころに起こるつらさやせめぎ合いはからだのなかで物理的な動きとしてあらわれ、

どちらも、自分の目でみることはできない。

 

だからなかなか気づくことができないんです。

いま、自分に何が起こっているのか。

 

 

とりあえず、ゆるめてみてください。

肩、背中、腰、はりつめた筋肉、

考えや思いでいっぱいの頭は相当硬くなっているかもしれない、

呼吸も浅くなっているかもしない、

ほっ、とひとつ息を吐いて脱力、

ひとつひとつの血管、筋肉をほぐすように、細胞がスムーズに動けるように。

 

 

そこで視界をひろげてみてください。

頭のなかにあるその一点、つらさや重さ、はりつめた苦しみのもとをそこにおいたまま、

まわりの風景をどんどんどんどんひろげてみる。

 

新しい何かがみえてくるかもしれないし、みえてこないかもしれない。

けれども頭のなか、目の前の世界は、それだけではないことには気づくと思うんです。

 

そしたらその一点を、とりあえず、そこからはずしてみてください。

一時的にでもいい。

そのとき、もしかしたら発生したつらさや苦しみといった感情だけでなく、

それ自体が必要なかった、と思うかもしれません。

 

そんな感じでどんどんひろがって、

とりあえず、軽くなってみてもいいんじゃないでしょうか。

 

 

頭のなか、こころのなかにできたかたまり、はりつめたものは、

ほんとうの自分に反したルールをなんとか守ろうとした結果、経過なのかもしれません。

自分のほんとうの意図や計画やそもそもの思いとは、

ちがう方向に向かっているのではないかというサインなのかもしれない。

 

もしも、あなたがいまのっているそのルールが、あなた自身の本来の流れに沿っているのなら、

たぶん、からだはわざわざゆるめる必要もなく、ゆるやかに、しなやかに、勝手に動いていくと思うから。

 

 

*********

 

 

余談ですが、前回の話の続きでいうと、

結局のところマジックって、法則の外で起こる事象といえますよね。

もっといえば、“予想外のこと”。

データや思い込みの外ってこと。

 

データってあくまでも統計であって真実ではないし、

思い込みって、雰囲気です。

 

でも奇跡と呼ばれるできごとって、

うそっぽいのに、なぜかその体験は、とてもくっきりとしてる。

 

what’s the REALITY??

 

 

ではまた☆

かろやかな毎日を☆

 

 

**********************

 

「チャクラのバランスを整えるキャペーン」再開してます!

 

よければおためしを〜☆

 

 

 

 

 

 

 

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続・法則、マジック、カラスのメディスン

 

きのうは燃えるごみを出す日で、お昼を過ぎてもごみの袋がうちの周囲に点々と置かれていたんですけど(思えば燃えるごみだけ収集時間が遅いのも謎)、いなーい、カラスが全然いなーい、うそ〜〜〜という感じで、少なくともわたしが家にいる間は、ほんとに現れなかったんですよね(そして今日も)。

 

以前、知人の家の真ん前だかにカラスが大量発生してものすごい困っていて、カラスのエッセンスをとってみたところ、翌日ぴたり、と鳴き声が止まり、次の日もまた次の日もまったく現れなくなった、と言ってたのですが、そういうことってありますよね、まさにマジック! 

 

いってみれば、上のような例、つまり「起こるはずのないと思われること、起こるかもしれないけどそうそう起こらないだろうこと」がマジックとか奇跡というものの定義になっていて、実際に起こるとびっくりしたり、すごく喜んだり、特別と思ったり、または偶然とか認めない信じないとか、信じてもらえない、といった反応、思考が起こる。

 

でも、そうした定義や、大、小、稀、といった比較の判断がなければ、もうそこここで常に起こっているひとつの事象なんですよね、

って言ってしまうと、今度はドラマティック感がなくなり何かつまらなく感じてしまう。

これこそがストーリー、時間、二元の魅力であり罠なんですな。。

 

 

でもさ、その背後には「それは奇跡/その程度では奇跡と呼べない」といった比較からの条件付けが存在しますよね、

これって結局は定義、つまり法則、ルールという基準に合ってるか否かなのよね。

そこにあてはまってるか否か、で罪悪感が芽生えたり、もちろんあてはまってることで安心したりもする。

 

どっちにしても、それがあることで自分の思いや行動が左右される、それこそ大小稀特別感関係なく、ひとによっては「え、そんなことで悩むの??」と驚かれるくらい全然条項統一されてないものにふりまわされてしまう。

 

そう、その基準、まったくワールドスタンダードじゃない、

むしろ「その程度ではルールと呼べない」。

守ろうとしてるのが自分だけだったりするのなら、もうなんのためのそれであり、誰のために合ってたらオッケーなのかと。もっといえば「それ必要ですか?」と。

 

ほんと、パラドックスですよね〜いやメディスン風にいうなら聖なる二律背反か。

 

 

というわけで、長くなってきた&

とりあえずきのうカラスがいなかったことから、メディスンのリアル感高まった〜〜という感じで、

6月のメディスンを出してみました。

次のポストに書きますね。

 

 

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法則、マジック、カラスのメディスン

 

いまの地域に越してきてから驚いたことがいくつかあるのですが、ひとつはごみの出し方。

 

いままでは、ごみを出す場所がだいたいその区画ごとにあって、そこまで持って行ってたんですけど、というか、そういうものだと思ってたんですが、いまの地域は(うちのまわりだけかもですが)、それぞれ自分の家の玄関の前に出すんです。

 

つまり、ごみの日は一軒一軒、家の前にごみの袋が置かれる、道路をみると点々とごみの袋が並んでる、ごみの収集のひとたちは一軒一軒、順番に集めて車に載せる、越してきてはじめてのごみの日のこの光景は結構衝撃で、これものすごい効率悪くね? 見た目もどうなのと思うし、と思ったものですが、さらに驚いたのはごみのネットをどこもかけていないこと、そう、カラスが来ないんですよ。

 

 

以前住んでいた地域はもうカラスとの攻防戦が常に繰り広げられるようなところで、うちも球根などを植えると翌日掘り返される、咎めるとその代替なのか、毎日なぜかその植木鉢にケチャップの空容器が置かれているなど、個人的なやりとりが起こるほどにほんとにたくさんいたのです。

 

いまの地域は夢の島熱帯植物園まで自転車で30分くらいなので、イメージとしてはさらにカラスが多いだろうと思ってたんですよね、ところが全然みない、近所の川には白鷺みたいなでかい鳥がふぁさーふぁさーと羽ばたきながら帰ってくるような鳥たちの根城になってるほどの鳥天国なのに、鳴き声さえほぼ聞かない。

 

 

ところが、ほんとに最近、急にカラスを見かけるようなったのです。

日に日に数は増えて、つい先日は、洗濯物を干していると電線にとまってる彼らと完全に目があうくらいの距離感になってきた。

 

おす、と声をかけるととまどったりする。時間帯によっては、ちょっと静かにしてもらえる? と抗議しなくてはならないほど鳴く。

これは、ここに越してきて以来、はじめてのことです。

 

いままでは、いなかったことのほうがおかしいと思っていたけれど、こうなってみると、明らかに何かが変わったのだな、と。

 

 

メディスンカードのなかには、普通のカラス(CROW)とワタリガラス(RAVEN)と二種類いて、それぞれ「法則」「マジック」という意味を持っています。

 

普段、メディスンカードのメンバーの実物やモチーフになっている何かをふいに見かけたときなどは、なんらかのメッセージとして意識的に受け取ります(普通の住宅街を歩いているのに立て続けにカメをみかけるとか、突然フクロウを肩にのせたひとと遭遇するとか)。

 

ここまで急に頻繁に、身近に彼らが現れているというのは、自分にとって、まさに「何かのメディスンが近づいている!」という意味ととらえます(ネイティブ・アメリカンのほんとのメディスンマン&ウーマンも、こんなふうに日常や世界を読んでるんだろうな、というか、リアル!)。

 

早速、最近の自分の様子、あるいはこれまでのささいなことでもポイントとなる何かと照らし合わせてみます。

たとえば、あれとこれ、自分の気持ち、経験、といった断片を、あらためてまな板の上にのっけて眺めてみる感じ。

 

そこにメディスンを重ねてみます。

すると気配のようなものがやってきて、ぴた、っと像を結びます。

そして「なるほどねー」となる。

 

 

カラスもワタリガラスのメディスンも、とても密接です。

今回のような場合には、両方で読んでみます。

 

 

自分のルールについて、地球という三次元の場所ならではの引力や磁力も含めた宇宙の法則というものについて、

さらには物理的なこと、エネルギーの方向、三本の指をつかってやりましたよねフレミングの法則、

あれ、全然メタファー(いや物理的な現実の説明か)ですよね。

 

で、自分というものの時間軸に重ねてみると、おお沿ってるね、あるいはもっと沿ったほうがいい、沿うべき(あえて)と感じる。

 

 

って、抽象的な書き方をしてますけど、

 

現在の自分の状態、状況、道程等々と、

社会か地域か家族か具体的な誰かなのか、とにかく自分が意識無意識にのっかってる「法則、ルール」と、

自然、宇宙、根源的なそれとは呼応しているか、それとも全然ちがう方向を向いてるか、

のっかっていきたいのはどっちか、あるいはルールそれ自体必要なのか否か。

 

そして、

 

「あなたという場には、いつでも奇跡が起こっている」

 

という言葉をどうとらえるか。

 

 

と、いつもとちょっとちがう角度からのメディスンを、解説を交えて書いてみました。

 

 

ちょうどいまも、まあまあ近所でカラスが数羽鳴いてます。

さてどうなりますかね〜。

 

 

 

というわけで、

 

自分、と思っているものの下(?)または壁(?)の向こうの何か。

 

 

ではでは、いい感じの1日を〜。

 

 

 

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「チャクラのバランスを整えるキャペーン」再開してます!

 

よければおためしを〜☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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セルフ・リーディング

 

 

先日、すごいひさびさに、セルフ・リーディングしてみました。

去年、体調のことも含めてほんとに内面的にいろいろいろいろあったし、ひと区切りついたことなどもあり、秋以降のゆっくりペースが続いていて、ちょっとこのままってわけにもいかないし、でもこののんびりペースはらくだし、とはいえ、いい感じのらくさ、というよりもかなり怠け寄りだよねと思い、本来の自分のリズム、在り方に戻るための情報は? というテーマでやってみました。

 

これもひさしぶりに、自分でつくったカードをつかって。

 

 

 

 

で、カードを読みながら、何やってんだ自分、と思ったり、知らぬ間にずいぶんものわかりのよい感じでいたな、とか、へんに大人やってしまってたな、とか、自分の強みを忘れてたなとか全部自分でやろうとしてたよねとか、いろいろいろいろ思うところありで、じわじわと涙が出てきましたね。

 

真ん中の、統合の場所については秘密ですけど、全体を通して「思い出せ!思い出していっちゃいなよYOU!」って感じでした。

 

で、右上の2枚はリーディングで出てきた情報をもとに、自分のブロックとなっていることを左上に写っているチューニング・フォークで調整するためのポイント、という意味で引いてみたのですが、

「頭のなかの不要な考え、とりあえずキープしてるかりそめの安心感ほか、思考で組み立てたあれこれを捨てて、変化を受け容れる、変化への抵抗となるものと決別する」という感じでしょうか。

 

そして、とりあえず感情のもやもやとしたエネルギーが胸、太陽神経叢のあたりに上がってきたので、それをクリアにすべく必要なチューニング・フォークを選んで打ち鳴らしたところ、過去生のひどいヴィジョンがどんどこどんどこ出てきて、これまたひさびさに、呼吸困難になるほど号泣しましたね。いや〜こんな記憶があったらそりゃ人間不信にもなるよね、不信っつーか、恨み憎しみ通り越して完全に絶望、失意の果て、という感覚。。

 

過去生についてはいろいろ見解あると思いますが、たとえば輪廻転生があるとかないとか、ぶっちゃけそんなことで議論するのって、ほんと無意味で、たいへん不毛だとおもうのですが、それが事実にしろそうでないにしろ、問題なのはそうしたヴィジョンや記憶、感覚がそのひとのなかには存在しているということ、フォーカスすべきはそこに付随する感情、感覚なのであって、それ自体は事実なわけでしょ? 

 

もっといえば、この肉体として起こった物理的なこと、いわゆる現実に起こったことだって、マインドはなんの疑いもなく、あるいは疑いによってそれこそ都合よく曲解するし、脳は悪気もなくあっけなく記憶を捏造してしまうのだから。。

 

で、調整した翌日、起きると、両目に白いクリームのような液がいっぱい出ていてびっくりしました。浄化作用以外の何ものでもないと思いますが、上がってきた過去生のひとつに目に関するひどいヴィジョンがあったので、とりあえずよかったな、と思いました。

 

 

というわけで、また。

全体的なエネルギー、また動いてますが、来週は節分だし、春に向けてさらにもろもろ動いていくことでしょう。

 

とにもかくにも、ここちよく。

いい感じの一週間を☆

 

 

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★2017年1年間のメディスンは こちら

「チャクラバランスを整えるキャンペーン」2/10まで延長することにしました。

 

 

 

 

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★12月〜年末までのメディスン

 

今年も12月感がまだ全然ないまま12月に入りましたが、

実は先月、アップリンクでのイベントに合わせてひさびさにwebDICEのほうにメディスンを出そうと思ったところ、

更新スケジュールが合わず、原稿ほとんど書き終わってたのに残念…と思いつつそのままにしておいたのですが、

せっかくだし出そう、ということでこっちに出すことにしました。

いちおう、自分で選べるようにもしてみました。

 

webDICEとは仕様がちがい選びづらい&読みづらいかもですが、よければやってみてください。

全体のメディスンも書きました。

 

ちなみに画像は、鎌倉・由比ヶ浜の波打ち際付近です。

先日、鎌倉周辺に住んでいる知人とランチをしたあと、ひさびさに行きました。

相変わらずわかめがいっぱい打ち上がったていたので拾いたかったです。

 

テーマは、とりあえず、2016年残り〜来年に向けて、という感じで、

↓の画像からぴん、ときたものをクリックしてくださいませ。

 

 

  

     

 

     

 

     

 

 

 

 

 

★全体のメディスン(2016年12月〜年末)★

 

頭をつかって考える、のではなく、

頭をからっぽにして感じること、湧き上がってきたこと、

にもとづいて、する。

そんな風に、過ごしてみてください。

 

ひとが行動を起こそうとするときって、

大きく分けて二つあると思うんです。

ひとつは、楽しさやうれしさ、結果を思うことなく動くとき。

もうひとつは、結末を予測してなんとかしなくては、という不安から動くとき。

 

前者は、もう時間的なこととかも特に意識にのぼらず、

よぎったとしても特に問題にならない、しない、

考えずにもう動いている。

 

焦りをおぼえるときって、後者ですよね。

これがこうなるとああなって、そうなるにちがいない、だからこうしてああして、、と、

頭のなかに発生したストーリーが、頭のなかでどんどこどんどこ展開し、

そうなってはたまらない、と、今度はそれを対処するためのストーリーとシミュレーションがはじまる。

 

もっといえば、実際に起こるかもしれないできごと、というよりも、

そこに感じる好ましくない雰囲気、感情、感覚から逃れたいんですね、

で、なんとかしなくては、と焦り、急ぐ。

 

けれども、どれだけ考え苦悩し、急いだとしても、

プロセスは“わたし”にはけしてコントロールできるはずもなく、

それでまたいらいらとしたり空回りしたり、

そっちじゃないとわかっていながら仕方なく選んだり、

何かを無理にはじめたり終えようとしたり、

結局ものすごい回り道をするはめになったにもかかわず、辿り着かなかったりもする。

 

シンプルに、決めて、シンプルに、動く、

食べたり眠ったり、遊んだり、働いたり、

“その時間”に“すること”を、ただ“やる”。

 

師走って、お坊さんが走るほど忙しい、というのが由来とのことですが、

むしろいまは、もういくつ寝るとお正月〜♪の歌詞でいきましょう。

“それ”が来るのをただ楽しみに、

この、日々のいま、そのとき、その時間を過ごす。

 

この時期特有の、何か追い立てられるような気分につかまらないよう、

自分のここちよい速度、リズムで☆

 

 

というわけで、また。

東京、だんだん風が冷たくなり、結構乾燥もしてきてますので、

お風邪など召しませんよう。

そのほかの地域のみなさまも、

あったかくしつつ、季節を楽しんでお過ごしくださいませ。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

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近況とお知らせ

毎度ごぶさたしています。
ひさびさのログインなのでパスワードを入れなければならず、以前つかっていたパスをみたらこのブログをはじめたのは2011年で、もう5年も経つのかーと、日常の5年を振り返るとあっという間な感じなのに、このブログを通してみる時間軸はなんか遠いむかしな感じでやっぱり時間って雰囲気だな、と思いつつ、先月は一回も更新できなかったんですけど、なんにも書かなかった月ははじめてで、にもかかわらず毎日アクセスがあって、チェックしてくださってるみなさま、いつもありがとう&すいません。

10月は仕事を極力セーブして、身体の治療や調整をメインに(実際まったく動けない日が多かったので)、そのほかはなんだかたくさんひとと会う機会が多かったように思います。20年ぶり、30年ぶりのひととも会ったし、これまでほとんど話したことのなかったひととごはんを食べたり。「シン・ゴジラ」もみたし。

あとは、ちょうどブレスワークの先生が来日していたので1日だけクラスをとって、ひさびさに自分のためのワークと、エネルギーヒーリングの実習で身体がちょっと持ち直して、やっぱり呼吸大事だなーとあらためて思ったり。 書いてみると、結構盛りだくさんな月でしたね。
メールでのやりとりもいろいろあったし、考えることも多かったです。

そんななかでいちばん思ったのは、身体は正直だなあ、とか、健気だなあ、とか、ほんとすごいなあ、ということです。

今回、自分に起こってきたのが主に心臓なので、これ止まったら死ぬんだなーと思うと、もう観念とかイメージとかぶっ超えてダイレクトに「生命」という感じで、なんでしょう、ある意味考え方もできることもタイトになってくるというか、もともと自分実験台という意識が強いので、心臓、心肺系に対応するツボや筋肉の動きや別の筋肉との関連、周波数やフラワーエッセンスやオイル、不整脈に関連する食べ物、その他婦人科系のこと、ホルモンバランスのこと等々、調べたりためしたり、にわか知識ですけどもいろいろやるうちに、すんごくシンプルなことに気づけたりして、ほんと日々実験な感じです。

で、実際、動悸がほとんど出なくなって、これはほんとにびっくり。
やっぱりすごいね自然の力!

そして今朝ふと思ったのは、なんだかんだ言って、どんな状況であろうと、自分に必要なものって全部あるんだよね、と。
それと、いかに自分が自分のなかにいないか、肉体にきちんとおさまっていないか。

自分が自分からさまよい出ずにしっかり留まっていると、まるで充電器に機器がカチッとはまったように瞬時につながる。ただそれだけでよくて、必要な情報、あるいは物理的に起こることが勝手に起こってくる。このあまりにシンプルな事実にいわば耐えられなくて、自分から外へと這い出てしまい、右往左往して、、とこれが苦しみの仕組みなんですよね。
なんてことを、あらためて。

というわけで、近況はこんな感じで、
とりあえず当面の「セッションについてのお知らせ」をこちらにアップしましたのでみてみてください。

しかし、ほんとに今年はいつにもましていろいろありますな、体調ほか諸々たいへんそうなひとも多いし、信頼している知人のヒーラーのひとに調整をお願いしようと連絡したところ、大きな変化に身体が順応できず年内のセッションをお休みにしてるとのことで、やっぱり全体的に動きがすごいんだな、と。

みなさまも、くれぐれも自分をみつつ、楽しく過ごされてくださいませ。

ではまた。
すこやかな毎日を☆

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新年&2016年のメディスン
 
遅ればせながら、
あけましておめでとうございます。

と、年が明けて言ったり書いたりしたものの、
なんか形式っぽく全然お正月感がなくてさびしーーーって感じの年明けです。
しかもいまお正月感、って書いた最初の変換が、和尚が着かん、でしたからね、いったいなんなんだと。

わたしはお正月がとても好きなのですが、今年の元日は完全にぶったおれてたし、2日は午後からお餅、お風呂、お灸、お風呂、お雑煮、お風呂、と家de湯治だったし、
来年というか今年の年末は、どこか由緒あるお寺の近くの温泉旅館とかで年越ししたいなと思いました。もう思いっきりお正月な感じで過ごしたいです。

と、わたしのお正月に対する思いはさておき、
昨晩、2016年1年間のメディスン、アップされました。



webDICEのほうにも書きましたけど、
年々エネルギーが増して、その分かくれていること、かくされていることが明るみに出てく、出ていかざるを得ない、かくれていることというのは、ごまかしたりみないふりをしてること等、本人にとって都合がわるいと思っているいわゆるネガティヴなこと、でもその下にあるのはそのひと本来の能力だとか知恵だとか自然さ、いわゆるポジティヴなことなんですよね。

そういった意味でも今年は癒しとかワークとか、本質にかえるためのいろんな動きがもっと増えてくるだろうなと思います。変容を迎えるひともとても増えるでしょう。
同時に、スピリチュアル・エゴの問題も出てくるだろうし、ますますグラウンディングやバウンダリーのとり方が重要になってくると思います。

そのへん含めて、春くらいにワークショップをやれたらなと思ってます。
また詳細決まりましたら、お知らせしますね。


というわけで、
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

それぞれ、相当いい感じの1年になりますように☆


LOVE & ALCHEMY
ANANYA









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