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続・法則、マジック、カラスのメディスン

 

きのうは燃えるごみを出す日で、お昼を過ぎてもごみの袋がうちの周囲に点々と置かれていたんですけど(思えば燃えるごみだけ収集時間が遅いのも謎)、いなーい、カラスが全然いなーい、うそ〜〜〜という感じで、少なくともわたしが家にいる間は、ほんとに現れなかったんですよね(そして今日も)。

 

以前、知人の家の真ん前だかにカラスが大量発生してものすごい困っていて、カラスのエッセンスをとってみたところ、翌日ぴたり、と鳴き声が止まり、次の日もまた次の日もまったく現れなくなった、と言ってたのですが、そういうことってありますよね、まさにマジック! 

 

いってみれば、上のような例、つまり「起こるはずのないと思われること、起こるかもしれないけどそうそう起こらないだろうこと」がマジックとか奇跡というものの定義になっていて、実際に起こるとびっくりしたり、すごく喜んだり、特別と思ったり、または偶然とか認めない信じないとか、信じてもらえない、といった反応、思考が起こる。

 

でも、そうした定義や、大、小、稀、といった比較の判断がなければ、もうそこここで常に起こっているひとつの事象なんですよね、

って言ってしまうと、今度はドラマティック感がなくなり何かつまらなく感じてしまう。

これこそがストーリー、時間、二元の魅力であり罠なんですな。。

 

 

でもさ、その背後には「それは奇跡/その程度では奇跡と呼べない」といった比較からの条件付けが存在しますよね、

これって結局は定義、つまり法則、ルールという基準に合ってるか否かなのよね。

そこにあてはまってるか否か、で罪悪感が芽生えたり、もちろんあてはまってることで安心したりもする。

 

どっちにしても、それがあることで自分の思いや行動が左右される、それこそ大小稀特別感関係なく、ひとによっては「え、そんなことで悩むの??」と驚かれるくらい全然条項統一されてないものにふりまわされてしまう。

 

そう、その基準、まったくワールドスタンダードじゃない、

むしろ「その程度ではルールと呼べない」。

守ろうとしてるのが自分だけだったりするのなら、もうなんのためのそれであり、誰のために合ってたらオッケーなのかと。もっといえば「それ必要ですか?」と。

 

ほんと、パラドックスですよね〜いやメディスン風にいうなら聖なる二律背反か。

 

 

というわけで、長くなってきた&

とりあえずきのうカラスがいなかったことから、メディスンのリアル感高まった〜〜という感じで、

6月のメディスンを出してみました。

次のポストに書きますね。

 

 

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