texted a ANANYA

メディスンカード・リーディング
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覚書的に。水星逆行の恩恵?

 

いま確認したら、3月は一度も更新してなかったのですね、それなのにチェックしてくださっている方々、すみません

&ありがとうございます(って、そんな出だしばっかりですね…)。

 

ここしばらく、仕事とかイベントとか、表立ってすること、活動? を積極的にやったり告知したりアピールしたりする感じではなく、以前のように公にメディスンを出すこともしなくなっていて、いわゆるアウトプットの時期ではないんでしょうね、勉強、研究、探求が主になっています。あといろんな整理。

 

前にも書いたかもですが、リーディングなどの個人セッションも、その方の状態に合わせてやることがちがってきて、もはやカードをつかわないこともあったり、

フラワーエッセンスのほうも飲用ではないタイプのものや、セルフワーク用に海外へオーダーメイドしたものなども、取り入れたりしています。

 

と、こうしてあらためて書いてみると、諸々変化はしているんだなあと思うのですが、こんなことをはじめました! とかたちにして提示、という感じでもまだなく、出す時期みたいなときがきたらそうするんだろうと、放っておいています。

 

以前だったら、やらなきゃ決めなきゃ伝えなきゃ、と「〜しなければ」思考である意味ちから技でまとめる、みたいにやってた面がわりとあって、勝手に背負った責任感のようなものから動くことで、逆に自分にプレッシャーをかけて疲弊することも多々(もちろんそれがいい感じの方向へ展開するきっかけになることもあります)。

 

そもそもの自分の気質を“狩り”にたとえるなら、とりあえずあるもの持って馬にまたがり走り出し、途中で何か拾ったりして武器つくりながら獲物に向かっていく感じ、とひとに説明してたりもしましたが、これまでの人生、ほとんどそうやってきた気がしています(自分生きてる! って感じがしたりもするんですけどね笑)。

 

もしかしたらいま、生まれてはじめて熟考というか、必要なことやものを吟味しながら熟すのを待つ、みたいなことをしてるのかも、と書いていて思いました。

それがいいとかわるいとか正解!とかではもちろんなく、でも自分にとって、結構新鮮な感じみたいです。

 

 

で、勉強仕事含めなんだかんだと忙しくて、さすがにからだがだめで、先日ひさびさに吐き気をともなう頭痛でもう死ぬんじゃないかなと思ったりして、頭痛薬も全然きかないし、セルフワーク&きのう鍼灸に行ってずいぶんらくになり、あーほんとに健康って大事、痛みだけでなくだるさや重さがあるだけでもつらいし、気分もものすごく左右されますよね。

 

思うように動けない、という思考的感情的なこともそうだし、物理的にからだの機能、自律神経をはじめ神経伝達物質やホルモンのバランス、血流やリンパなど体液の流れ、酸素をきちんと取り込めないとか必要ないものをうまく出せないとか、つまり本来の調子、各々の細胞の動きが最適じゃなければ、いろんな部分に支障が出てくるわけで、そのことによって起こるつらさ、痛み、それ自体が大きなストレスになってまた自律神経のバランスが崩れて…みたいな悪循環、もう健康になりたいよーーーと全世界に宣言したい気分でした。

 

 

ひさびさに書いてることもあり長くなっていますが、続けます。

 

 

はりのあとは、これまたひさびさに、非二元のミーティングに行ってきました。

ここしばらく、本もあんまり読めてないし、勉強、研究の内容が、近いようで実はまったく遠いというか、結局のところそれもまたストーリーだとわかっていつつも、それこそからだの痛みやこころのことをどうしたらいいのさ? といった問題(あえて)や根本的な生きづらさに対することを追求すればするほど、“それ”から離れていくというパラドックス、それもわかっているけど、でも、、、なんですよね。

 

けれどもやっぱり、自分の知りたいこと、在りたい姿、場所(あえて)はどこか何かといえば、やっぱり本質、というか本来の姿、いやもっとシンプルに、ほんとのこと、なんだよねーと。

そんなわけで、行ってきたのでした。

 

 

で、また後日くわしく書くかもしれないし、いつも通り書かないのかもしれないのですが、

ちょっと、みえた気がしてるかも、と。

 

 

痛みや苦しみ、どうしたらいいのかという疑問、それは幼少期に起こったいわゆるトラウマに起因していたり、生まれる前、お母さんのおなかのなかで起こっていたことだったり、さらにそれ以前、過去生というものからはじまっていることだったりと、そう、理由があるんですよね、なぜならストーリーだから。

 

けれども本来の自分にはそうしたものがない。語るものも語られるものもない、語るなにものをもないんですよねえ。。

 

 

リーディングとは何か、ヒーリングとは何か、誰が誰の何に対してそれをするのか、すべてがストーリーであること、癒すも何もすべてただ起こっていること、発生しているだけの事象だという“理解”、そのパラドックスに実はずっと引っかかっていて、たとえば去年ロスくんだりまで行って勉強したにもかかわらず、それをはじめとして学んださまざまなことを「こういうことをやってます、はじめます」とアナウンスしないのには、自分にとってそうした折り合いがつかないということが、やっぱり大きかったんですよね。

 

 

なんでもそうですけど、ひとから学べるものって知識や技術だから、その習得にかかる時間や程度の差こそあれ、基本はみんなできるんですよ、だからひと通り学べばとりあえずはやれる、効果も出る(成果、というケースもありますよね、、これ深くない?笑)、その前提で教科書もカリキュラムもつくられているわけだから。

 

でもできない、やろうとしない、というか、やる方向へ動かないなら、そこにはひとそれぞれの理由というものがやっぱりある(これもストーリーですが…)。

 

 

って、話がちがう方向に動きつつありますが(笑)、

きのうのミーティングで、そのパラドックスに関するあくまでも自分なりの折り合いがつきそうかも、だからといってやるかやらないかはまたちょっと別の話なのだけど、でもすっきり感が出てきた。だからなのかわからないけれど、なんだかとてもおだやかな気分で、この感覚も、とてもひさしぶりなのです。

 

 

あれこれ思っていても結局は、こうしたおだやかさを求めてるだけなんじゃないですかね、そしてそうなるためのあれこれ。

 

わくわくしたい、生きているという実感みたいなもの、よろこびとか楽しさといった、なかでもどちらかといえば刺激的だったりパワフルな感覚はもちろん、そうした感覚を感じて味わっている自分を、ふと眺めて愛しいとおもう、それは圧倒的なよろこびというよりも、静かで、まさに永遠の一瞬ともいうべきいつまでもどこまで続く、絶え間ない普遍的なものなのじゃないか、ほんとうに求めているのって、非二元がどうとか一切関係なくそっちなんじゃないのかな、と思ったりします。

 

それはなんというか、不動なんですよねえ、揺らぐことがない、言葉にうまくできないけれども動きようのないもの、たとえようのないもの。

 

 

このテキストのタイトルに水星逆行の恩恵、と入れましたけど、先月後半くらいからなんか連絡が遅いなーむしろ自分のほうが返信とか全然できない感じ…と思って調べるとまさに逆行中なんですね、星の動きとか占星術とかみなくなってからひさしいですがこれだけはやっぱり感じてしまう。

 

でも、この期間って、過去のあれこれを再度みるみたいなことがほんとに自分は多くて、すごく考えたり振り返ったりできるのでいいなと思っています。

 

これもパラドックスですけども、過去についてのワークをするのに最適だし、今回はほんと、いつからか感じられなくなっていたこのおだやかさを思い出す、そこに戻ったら? と提案されてる感じがして、ちょっと書いてみました。

 

 

というわけで、今回はこのへんで。

また☆

 

 

 

 

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