こんばんは。
ますます更新が滞っていてすみません。
書くのやめるときはなんか言いますので、更新されてるかどうか、カンを鍛えるのに引き続き利用してください(笑)。
でも、ブログをやってる方はご存知の通り、アクセスログというのがあるじゃないですか、あれを見ると、更新してないのに急にアクセス数が増えてるときがあるんですよね。あれ、面白いですよね。みなさん、なんか感じとってるんでしょうね。
そうそう、書きかけてアップしないで下書きに入れとく、みたいなこともときどきあるんですけど、そういうときにあとからログをみると増えてたりする。だから、やっぱりキャッチしてるんだよ。なんかあいつ書いた風だぞ、って。
で、続・メッセージの受け取り方ということで書こうと思ったのは、webDICEをずっとご覧になってくださってる方とかは覚えてらっしゃるかもですが、以前、わたしは行く先々、テレビの画面、本の背表紙等々、もう目にしない日はないというくらいふくろうづくめのときがあったんですけど(実物にも遭遇しました)、昨年末から今年の頭にかけてはそれがイーグルで、先月くらいからはもう馬ばっかり。今日は新宿に行ったんですが、馬のかぶりものをしたひとと、馬柄のスカートをはいてるひとを見ましたね。
メディスンカードをお持ちの方はおわかりの通り、“パワー”の象徴ですよね。それも、ちからづく、というような物理的なことじゃなく、目に見えないことと見えること、両方のこと。教科書には簡単には与えられない、みたいに書いてありますが、いやいやほんとはすべてのひとがすでに持っていて、ただそれに気づかないだけなんですよね。それは、ゆだねること、信頼すること。
これは私見ですけれども、メディスンカードの教科書の文言全般に言えることですが、馬については特に解読が必要だと感じます。「グレートスピリットの道具である謙虚さ」というと、どうしても神さまとわたし、というような分離の構図が生まれて、崇拝とかいわゆる宗教的な見方をしてしまいがちなんですけど、実はそうじゃない。そのあたりを読み解いていかないと、まるで運命というものにでも支配されてるかのような、ある意味占いの世界になってしまう可能性がある。そして、ここでいう“智慧”というのは、善/悪、正/誤、できる/できないのような世界の対極(もっといえば、それをも包括してる)にあるものなんですよね。ちょっと難しくなってきたかな。
前回も書きましたが、教科書に書いてあることを、これってほんとは何を言ってるんだろう? って徹底的に読み倒すこと。自分の現状に引きつけて、それが何を言ってるのかな、ってすり合わせてみること。で、何か違和感やズレを感じたなら、実はそこがチャンスなんですよね。
もちろん、すべてのひとにとって「馬」についてのメッセージが、メディスンカードが示唆することというわけではないです。そのことについてはwebDICEにたぶん書いてるから探してみていただくといいと思いますが(地震以前に書いたはず。たぬきの話をしてますw)、これがきたらこれ、っていうメッセージの目安として、カードはすごい有効なんですよね。メディスンカードじゃなくても、自分で決めてつくってもいいしね。
というわけで、なんか、受け取ってみてください(笑)。
最近、とん、とこっちの活動おろそか風ですまん、なんですけど、ひさしぶりにワークショップはやってみてもいいかなみたいな気持ちはあったりします。
なんかね、読んでいただいてるのはすごいありがとう、なんですけど、実際にお会いして話すとやっぱりテキストだけじゃ当然っちゃ当然なんですけど、伝わんないもどかしさがすごいあるんですよね。
もし、ワークショップ参加してみたい、という方、こんなテーマでなんかあればいいな、と思ってる方がいらっしゃったら、コメント欄とかメールとかしてみてください。レス遅いかもですけど、ちゃんと拝見しますので。返事もちゃんと書くよ。遅いかもだけど。
では、みなさま、体調など整えて。あ、わたし先週からジュースファスティングやったりとか、食事を結構コントロールしてみてるんですけど、いい気がするよ。肩こり、腰痛軽減してるし。食事に限らず、無理せず過剰にならず結果を出そうとせずに、なんでも実験と思ってやってみるといいんじゃないですかね。期待とか、別になくていいじゃん(笑)。
では寝ますね。
毎日、素敵な時間を☆
thanks!