こんばんは。
今日は一日やけにワニが目についてたのですが、先ほど このニュース をみて、これはもうメディスンだな(笑)と思い、ちょっと書いてみることにします(PCもほぼ復旧したので!)。
ワニは「integration」「統合」といった意味をもちます。
化粧品に「integrate」というブランドがありますよね、こっちは動詞で、統合する、とか、吸収する、ほかのものと合体させる、調和させる、という“DO”の感じ。
「integration」には「完成」という意味もありますけど、つまり、別のものと別のものを溶け合わせる、いろんな要素を全体に、あるいは全体のなかに別のものを吸収させる、というように、あるプロセスを経ての達成、というよりも、「ひとつ」という意味での完成、のニュアンスですね。
すんごいざっくり言ったら、「まあいろいろあるけど、全部咀嚼して自分の血肉に変えちまおううじゃないですか」って感じです(笑)。
これも「受容」の話なんですけども、でもね、嫌だと感じることも、素敵だと感じることも、どっちも永遠に続くものではないじゃないですか。で、たいていひとは嫌だと感じることは消えてほしい、と願いながらもずっとその思いをとっとと手放せばいいのに嫌だ嫌だと言いつつ持ち続けて苦しんでる。
そして素敵なことは、ああこの時間が永遠に続けばいいのに、ともうそれは過ぎ去ったことなのに、キープしようとすることで感動やよろこびが渇望に変わってしまう。
受け容れるっていうのは、それはもう起きたことであって否定するとかしないとかの問題ではないのだ、と把握してやることですよね、で、そう思ってしまった自分を排除しないということ。どうにかしようと抵抗することこそが苦しみを生むのだから。
結局、その背後には「取り返しのつかないこと、二度と手に入らないかもしれない」といった“不足”の思いがあるんですね。だからしがみついてしまったり、なんとかしなくては、と、その状況をなんとか変えようともがいたりする。
そうした感情、思いのひとつひとつは部分であって、自分そのものではないんですね。けれども、自分はだめだとかここが足りない、その資格がない、みたいに欠落した存在、という“分離”の意識から、結局ひとつになろうとがんばるんだよね、最初っからひとつなのに。
だから、ほんとうは上でざっくり書いた「自分の血肉に変えちまおううじゃないですか」は、まだマインドからの視点でのメッセージで、厳密に、というかさらに深い理解、というか真実にもとづくならば、「だってほんとは個であり全であり、そもそもひとつなんだから」って感じです。
もっと簡単に言えば、米、おかず、みそしる、全部ちがう素材だけど口に入れて噛んだらもう全部いっしょじゃん、けどほんとはそうするまでもなく食料であり物質であり素粒子であり波なんだよ自分といっしょ。ね。まちがいじゃないでしょ(笑)。
長くなってきたのでこのへんにしときます&今日はちょっとカードの解説っぽく書いてみましたけど、なんとなく感じとってもらえればと思います。
でもね、これは執着や嫉妬にも関係してて、とどのつまり、自己価値の問題に行き着くんだよね。ここが結局、根本的なことなんじゃないのかなと思います。
とりあえず ワークショップ でも、この自己価値と、いわゆるありのまま、無条件について何かやる予定なので、よかったら来てみてください。
あと、今週後半は、黄色、というのもわたし的に目についたもののひとつです。
カラーセラピーとかでの意味はわからないんですけど、あくまでもわたしにとっての黄色から連想されるもののひとつは太陽神軽叢、いわゆる第3チャクラ、さらにいうと父との関係とか、こどもの頃、決定的に受け容れたくなかった理不尽な体験、まあいわゆるトラウマですけど、そうしたことへのメッセージとして受け取りました。これはわたしにとって、恋愛観、家族感、そしてやっぱり自分というものの価値にものすごく影響してます。
今日の夢もそれを示唆するもので、また鍵の解除につながる大きなメッセージだったんですよね。もう、このことについて自由になる準備ができたんだなあ、と。
もちろん、いやいや自分にとってのワニとは、とか、黄色は、というひとそれぞれの解釈があると思うので、これをそのままに受け取る必要はなく、自分にあてはまるとこだけつかってくださいね。
というわけで、また。
ほわっほわの週末を☆