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先日、すごいひさびさに、セルフ・リーディングしてみました。
去年、体調のことも含めてほんとに内面的にいろいろいろいろあったし、ひと区切りついたことなどもあり、秋以降のゆっくりペースが続いていて、ちょっとこのままってわけにもいかないし、でもこののんびりペースはらくだし、とはいえ、いい感じのらくさ、というよりもかなり怠け寄りだよねと思い、本来の自分のリズム、在り方に戻るための情報は? というテーマでやってみました。
これもひさしぶりに、自分でつくったカードをつかって。
で、カードを読みながら、何やってんだ自分、と思ったり、知らぬ間にずいぶんものわかりのよい感じでいたな、とか、へんに大人やってしまってたな、とか、自分の強みを忘れてたなとか全部自分でやろうとしてたよねとか、いろいろいろいろ思うところありで、じわじわと涙が出てきましたね。
真ん中の、統合の場所については秘密ですけど、全体を通して「思い出せ!思い出していっちゃいなよYOU!」って感じでした。
で、右上の2枚はリーディングで出てきた情報をもとに、自分のブロックとなっていることを左上に写っているチューニング・フォークで調整するためのポイント、という意味で引いてみたのですが、
「頭のなかの不要な考え、とりあえずキープしてるかりそめの安心感ほか、思考で組み立てたあれこれを捨てて、変化を受け容れる、変化への抵抗となるものと決別する」という感じでしょうか。
そして、とりあえず感情のもやもやとしたエネルギーが胸、太陽神経叢のあたりに上がってきたので、それをクリアにすべく必要なチューニング・フォークを選んで打ち鳴らしたところ、過去生のひどいヴィジョンがどんどこどんどこ出てきて、これまたひさびさに、呼吸困難になるほど号泣しましたね。いや〜こんな記憶があったらそりゃ人間不信にもなるよね、不信っつーか、恨み憎しみ通り越して完全に絶望、失意の果て、という感覚。。
過去生についてはいろいろ見解あると思いますが、たとえば輪廻転生があるとかないとか、ぶっちゃけそんなことで議論するのって、ほんと無意味で、たいへん不毛だとおもうのですが、それが事実にしろそうでないにしろ、問題なのはそうしたヴィジョンや記憶、感覚がそのひとのなかには存在しているということ、フォーカスすべきはそこに付随する感情、感覚なのであって、それ自体は事実なわけでしょ?
もっといえば、この肉体として起こった物理的なこと、いわゆる現実に起こったことだって、マインドはなんの疑いもなく、あるいは疑いによってそれこそ都合よく曲解するし、脳は悪気もなくあっけなく記憶を捏造してしまうのだから。。
で、調整した翌日、起きると、両目に白いクリームのような液がいっぱい出ていてびっくりしました。浄化作用以外の何ものでもないと思いますが、上がってきた過去生のひとつに目に関するひどいヴィジョンがあったので、とりあえずよかったな、と思いました。
というわけで、また。
全体的なエネルギー、また動いてますが、来週は節分だし、春に向けてさらにもろもろ動いていくことでしょう。
とにもかくにも、ここちよく。
いい感じの一週間を☆
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★2017年1年間のメディスンは こちら
★「チャクラバランスを整えるキャンペーン」2/10まで延長することにしました。
いちおう小正月には間に合った!
ということで、2017年1年間のメディスンこっちに出しました!
自分で選ぶやつもやりました!
全部通してみると、結構はっきり&濃厚な感じ、今年はますますみえないものとみえるものとが融合されたかたちでの見方にシフトしていくでしょうな、それにともなって、いままでそんなにおもてに出てこなかったトピックがあらわれてくるんでしょうな。
でも、去年のものっすごいジェットコースター感とはちがう体感の乗り物で行けるのじゃないかと思います。
そして全体のメディスンでもありますけども、
とにかくやりたいことをどんどんやってく、できる風な流れがあるので、
そこに乗っかってったらいいですね。
乗っかってもいいのだろうか…なんてためらいや恐縮は不要です。
画像は例年の逗子の海ではなく、「京都・鞍馬山のいろんな部分」です。
実は去年の秋、はじめて行ったんですけどよかった〜途中で心臓発作が起きて死ぬのかなと思ったりもしましたが、すごいよかった〜〜今年もまた行きたいです☆
★「2017年1年間のそれぞれのメディスン」
以下の5個の画像からぴん、ときたものをクリックしてください。
それが1年間のテーマです。
※見づらいかもですが、おゆるしを。。
★「2017年1年間〜☆全体のメディスン」
やりたいと思っていることがあるなら、どうぞやってしまってください。
それ以上、特にお伝えすることはないです。
もしも、やりたいけれど…と、躊躇しているのなら、その理由をはっきり言葉にしてみてください。
漠然とした不安や、もやもやっとした雰囲気、なんとなく、、ではなくて、
これこれこういった理由でためらっているのだと。
それだけでも、だいぶこころは落ち着くのではないでしょうか。
そして、そこで立ち止まらずに、今度はその理由について、できることをしてみてください。
必ず何かあるはずなんです。
そこでうやむやにしていては、またどんどん時間が経って、
ああ、今年ももうあと◯◯日…という羽目になったりします。
そうして何年も過ぎていたりするのならば、なおさらに。
やりたいことをためらう理由についてアプローチすることさえためらってしまうなら、
いっそ、ためらうこと自体をやめてしまってください。
ためらわなければいいんです。
やりたいことをただやればいいので、時間もちからもぐっと軽減しますよね。
たとえば、
「これをやりたい」を、「ここへ行きたい」に置き換えて計画を立ててみてください。
渋谷でも沖縄でもヨハネスブルグでもどこでもいい。
いまいる場所からそこへ行くために、まず何をしますか?
遠ければ遠いほど、ためらいは起こるでしょうか。
だったら、近いところから行ってみてください。
あるいは、似てる場所で、行きやすいところからせめてもいいと思うんです。
とにかく、行ってみてください。
風が吹いています。
行く、と決めて、その方向にすこしからだを傾けて、
動くまま、そのままにあずけてみてください。
具体的な“動き”以外に必要なものってないです。
これこれこういった理由や考えというものがないと、
とても軽く、早く、たどり着けると思います。
というわけで、また。
いい感じの1年に☆
LOVE & ALCHEMY
ANANYA
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★チャクラのバランスを整えるキャンペーンは こちら
あけまして、おめでとうございます。
きのう、近くのショッピングセンターみたいなところに、注文していたものを取りに行ったのですが、
なんか全然お正月感がなく、ちょっとお菓子屋さんをのぞいたら、そこだけお琴の演奏による「さくらさくら」が流れていて新年感をかもしていたもののむしろ違和感があって、これはどういうことなのだろう、むかしは定番の「春の海」や、こうした箏曲が流れているとああお正月だなあ、いいなあ、と思ったものなのに、と、帰り道、お正月についていろいろ考えてみました。
ひとつは、なんかもう、毎年お正月感がないとか言ってるのもいやだなあ、でもどうしてそう思ってしまうのだろうと考えたところ、いちばんお正月の実感があったころ、つまりこども時代の記憶のなかにある「お正月」の風情、気配が薄れた、というよりほとんど感じられないこと。
その記憶といえば、大晦日の午前中から母がおせちをつくり、夜は家族そろってお蕎麦を食べ、紅白歌合戦をみて、翌朝はおせちが並び、父と母はおとそを飲み、お正月のテレビをみて、初詣に行き、帰ってきたらまたテレビをみて、2日くらいから近所の友だちとはねつきをやったり凧あげをしたり、と、あらためて思い起こし書いてみると、なんかもうあれは全部夢や記憶の捏造ではなかろうか、、と、疑ってしまうほどに遠く、でもそれは、あまりにも「お正月」というものに忠実だったためにそう感じてしまうのかもしれない。まるで、お芝居や映画の風景のように。
別に懐古主義ではないんですけど、やっぱりお正月って特別で、家族も友だちも全員そこに参加してる感じは完全に非日常で、しあわせな記憶なんですよね。
そして思ったのは、いま、少なくともうちの近所のこどもらははねつきも凧あげも、こまなんかまったくまわしてはいないわけですよ、何をしてるんだかわかりませんけど、いわゆるお正月の遊びをしているようにはみえない、どこか大きな公園とか海とかではやってるのかもですが、自分のこどものころよりは、圧倒的に少ないと思うんです。
で、いったいいまのこどもらはどんなお正月を過ごしているのだろうかと、こどものいる友人たちに、どんな遊びをしてるのか、どんなお正月なのかを問うメールを送ってみているところです。
どんな返事がかえってきますかねー楽しみ。。
というわけで、
今年もどうぞよろしくお願いいたします☆
(近々、全体のメディスンだけでも出す予定ですので、お待ちを!)
あ、エッセンスでチャクラのバランスを整えるフェア新年度分の受付けはじめましたので、
よければためしてみてください☆