texted a ANANYA

メディスンカード・リーディング
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ひさびさにメディスン出しました☆
 
こんばんは。
なんとなく着地してきた感があるので、ものすごいひさびさに急遽メディスンを出してみました。


日々の情報量が多すぎて、なかなか文字にして書くことができないくらい多すぎてダイナミックすぎて深すぎて…の感じなので、ブログの更新もままならず、しかも前回マリオンさんのことを書くと書いたのに、フラワーエッセンスのことも書きたいのにすいません…。

まあ、いまにはじまったことではないですね、それとなくおつきあいいただければ幸いです。

とにかく、とても、大きな変換の時期なので、
いろんなものが出てきてる方も多いかと思います。
でも、外に求めてもみつからないです、
みつかるような気がしているだけ、
またはそれでなければ幸せにはなれないとか自分を満たすことはできないと思い込んでいるだけです。
知識や経験、技術、仕事やお金や権威や恋人や家族は自分ではないです。
埋めたりできないし、するものではないです。

というわけで、また書きますね。
メディスンよければみてみてください。

ここちよい毎日を☆
ありがとう。







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今日くらいからのメディスン
 
こんばんは。
気づけば来週で今月も終わりなんですね、ってなんかそんなことばかり書いてる気がしますけれども、どうですかね最近は。

って、なんかかたくるしいことなしに、最近の自分は、とか思ってること感じてることをシェアする会、みたいなのをやろうかなとか思ったりもしてますが、わたしは先月今月と、以前からずっと先送りにしてたことなどをやったり、資格をとるために講習を受けに行ったり新しいワークのための勉強会に行ったり音楽のことをやったりなどなど、勉強と心身含む環境整備という感じの毎日です。

で、最近、新しいセッションのために友人知人にモニターをお願いしてるのですが、みんな、頭のなかを含め環境の整理、今後のための整備、みたいなテーマがほとんどですね、というか、リーディングの個人セッションのほうも、いつからか具体的な仕事や恋愛などが入口になってる場合でも、結果的にもっと根本的な自分について、という内容でいらっしゃる方ばかりです。
特に幼少期のご家族との関係など、深い部分から自分を癒したい、解放したいとはっきり自覚してらっしゃる方、漠然とでもそうなんだろうな、と感じてらっしゃる方が増えていて、うれしいです。

そもそも、表層的な問題だけを解決しようとしても、なぜそれが起こったか、という根本に働きかけない限り、やはり同じパターンが繰り返されるからです。

って、また長くなっちゃうからあれですけど、そんなこともあり、新しいセッションに向けていま準備してますので、また詳細決まり次第、お知らせしますね。

で、メディスン。
というのはここ最近、りすちゃんのことをすげえよくみるので。
といっても、りすちゃんは自分のトーテムの一員でもあり普段からわりと身近な感じなんですけど、ここ数日、それにもましてよくみるんです。

なかでもすごい感激したのは、あるアニマルコミュニケーターの方のセッションを受けた方が、自分ちのりすちゃんが、この前ひなたぼっこしてうれしかった、またやりたいと思っている、と知ってすごいうれしかったという話。思わずりすちゃーん!と呼びかけましたね、なんてかわいいんだりすちゃん。。

というわけで、今日くらいからのメディスンは「gathering」。
日本語の教科書では「収集」と訳されていますが、必要なものは集まってくる、必要なものを集めるための準備、みたいな感じですね、コレクターのそれではなく、もっと動き流れる感覚。

実際、あらゆるものは動きますよね、とどめておくことはできない。流動して循環する、そうでないと流れが止まってしまう。

ひとは失う不安からものを集めることが多いですよね、備えあれば憂いなし、というけれども、貯え過ぎたら通路はふさがれ、部屋はせまく、予備のものだけでいっぱいになり、視界はふさがれ身動きがとれなくなってしまう。当然、新しい何かがドアを叩こうとも、入る余地のないどころか、ドア自体開くことができない、ノックの音に気づけないかもしれない。

これはものもひとも頭のなかの考えも全部いっしょ、つまり自分と自分以外との関係性、否、自分と自分とのお話です。

ものがたくさんあることが悪いわけでも、コレクションがだめなわけでもないんです。
つまりキャパシティはあるか、循環する通路はあるか、何より自分と自分との居心地はいいか良好か、呼びかけたら必要なものが必要なだけ集まり、それらがここちよく過ごせるスペースがあるか、それぞれの能力を発揮させられる環境は整っているだろうか、という問いかけです。

それはもちろん、ひとによってちがいます。
無理矢理捨てればいいってもんでもないでしょう。
やっぱり、自分と自分とのお話なんですよね。

というわけで、まあ具体的には目に見えるもの見えないものの整理片づけ、って話になるんでしょうけれど、年末大掃除やんなくていいかもわかんないしさ、掃除片づけ苦手、やだ、って拒否反応のあるひとは、“整える”って視点でみてみるといいかもですね。

ではまた。
素敵な毎日を☆









 







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9/30くらいからのメディスン
 
こんばんはー。
なんとなく日付けが変わる前にアップしたくなったのでざーっと書きます。

きのう、ときどき行くあるいろんなお店が入ったお店にひさしぶりに行って、いつも通らない通路を通ってみたらさらに奥にお店があって、ずんずん行ってみるとなんだかすごいでかい角がみえて、あれはヘラジカなんじゃないかなと思って近づいてみるとやはりヘラジカ、しかも等身大のものすごいでかいヘラジカのレプリカで(剥製じゃなく)、なんでヘラジカ、しかもこんなにでかいやつ(高さ2m前後、体長3m弱くらい)、この主張っぷりはメディスンだね、ということで、今日、まあ10月のでもいいんですけどメディスンです。

身体自体もそうですけど、角、ほんとにでかいです、レプリカとはいえびっくりしました、よくもまあこんなにどでかいものをふたつも頭につけて歩いたり走ったりできるねおまえさん、という感じです。

メディスンカードの日本語の教科書では「誇り」と訳されたタイトルがついていますが、誇り、というとプライドと同義っぽい感じがありますが…って書きはじめるとすごい長くなってしまうのでいずれ動物通信のほうで。

とにもかくにも、自分の価値にまつわるあれこれです。

目が覚めて一日がはじまり、頭のなかに行き交う何千、何万もの言葉、思考、そのなかで繰り返し繰り返しご自分に言い聞かせているものはなんでしょう。

しなかった、できなかったとか、
してしまったとかやらなければよかったとか、
あんな自分、こんな自分、常に自分を見張り叱りもっとがんばれとお尻をたたき、その背後、そしてその先に続くものはなんでしょう。

できなければ、きれいにならなければ、やせなければ、食べなければ、苦しまなければ、笑わなければ、話さなければ、痛まなければ、愛されなければ、ああしてこうしてああなって、つまりはこうならなければ認めてもらえない、認められなければ自分は……という思い、○○でなければ自分の価値が見いだされることはないのだという根拠なき信念。

あなたは何のために何かになろうとし、存在しようとするのでしょう。

自分の価値にまつわるあれこです。
価値がなければ、あなたはすでに存在していないだろう。
そんなご自分を、ひとつの存在として、どうぞ眺めてみてください。

って書いたら日付け変わっちゃった、、、
わかんないけどおめでとうございます!!!


ではでは、
今月も超面白い一ヶ月になりますよう☆
また書きますねありがとう!!


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最近のメディスン
 
こんばんは。
9月に入りましたね。

先月、伊勢から東京に戻ってきた途端、いろいろ動きがあって、ほんと変化は一瞬ですな、あまりにもあっけなく長年続いてきたことが昇華されてしまったようで、なんかぽかん、としつつ暮らしてるんですけども、先日、近所の川べりを歩いていると、こうもりが頭のうえを旋回しながらずーっとついてきたんですよね、で、それが2になり3に増え、なんというか、祝福されてる感じがしたんです。で、これはもうメディスンだなと。

さらに翌日は自転車で走っていると、前方から蝶が1、目の前まできてさっと避け、また別の蝶、また別の蝶、と連続で3やって来まして、ああこれもメディスンだな、と。

というわけで、「rebirth、再誕生、transformation、変容」

変わりたい、と思うとき、ひとはだいたいにおいて、目の前の風景がまったく別のものに、できれば一瞬にして変化することを願っている気がします。
突然“いい話”がやってくるとか、勝手に周囲が変わってくれるよう、“外側”に変化を求める、自分はけしてそこから動こうとはせずに。

そう、ひとって、このままでは嫌だ、変わりたい、と思いながらも、結局同じ考え方、同じ反応、同じ視点、つまり“変わっていない自分”という立ち位置で「それ」に対してるんですよね、そりゃあ変わらんよ、と。

新しい状況、新しい自分になりたいのなら、古い自分を続けるのをここできっぱりとやめよう。考え方、反応の仕方、いままこうしてきた、というそのやり方、セオリーを捨てて、新たな層へシフトする。

変容、というのは、何か別のものに置き換える、チェンジする、という概念ではなく、かたち、質、そのものが変化(へんげ)していくことです。

蝶をみてください。卵、幼虫、蛹、成虫と、まったくちがう姿形にメタモルフォセスしていきます。まるで、いままでの自分など存在しなかったかのような変わりっぷり、けれど、そのどれもが自分…。

わかっていても難しい、という考え方、それはひとつの、なんというか、ぶっちゃっけ、非常にありがちな、それこそが使い古されたひとつの思考、誰かの台詞でしかないです。そう、自分のほんとうの言葉でさえない。

変容って、自分それ自体の表現なんじゃないかという気がします。
次々に姿を変えてゆく自分を、なんやかんやと理由や条件をつけてとどめておこうとさえしなければ、勝手に開かれていくんじゃないですかね。

そんなわけで、素敵な9月を、週末を☆

「動物通信」、もーちょっとしたら新しいの書きますね。。

いつもありがとう!












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週末のメディスン
 
こんばんは。
今日は一日やけにワニが目についてたのですが、先ほど このニュース をみて、これはもうメディスンだな(笑)と思い、ちょっと書いてみることにします(PCもほぼ復旧したので!)。

ワニは「integration」「統合」といった意味をもちます。
化粧品に「integrate」というブランドがありますよね、こっちは動詞で、統合する、とか、吸収する、ほかのものと合体させる、調和させる、という“DO”の感じ。

「integration」には「完成」という意味もありますけど、つまり、別のものと別のものを溶け合わせる、いろんな要素を全体に、あるいは全体のなかに別のものを吸収させる、というように、あるプロセスを経ての達成、というよりも、「ひとつ」という意味での完成、のニュアンスですね。

すんごいざっくり言ったら、「まあいろいろあるけど、全部咀嚼して自分の血肉に変えちまおううじゃないですか」って感じです(笑)。

これも「受容」の話なんですけども、でもね、嫌だと感じることも、素敵だと感じることも、どっちも永遠に続くものではないじゃないですか。で、たいていひとは嫌だと感じることは消えてほしい、と願いながらもずっとその思いをとっとと手放せばいいのに嫌だ嫌だと言いつつ持ち続けて苦しんでる。

そして素敵なことは、ああこの時間が永遠に続けばいいのに、ともうそれは過ぎ去ったことなのに、キープしようとすることで感動やよろこびが渇望に変わってしまう。

受け容れるっていうのは、それはもう起きたことであって否定するとかしないとかの問題ではないのだ、と把握してやることですよね、で、そう思ってしまった自分を排除しないということ。どうにかしようと抵抗することこそが苦しみを生むのだから。

結局、その背後には「取り返しのつかないこと、二度と手に入らないかもしれない」といった“不足”の思いがあるんですね。だからしがみついてしまったり、なんとかしなくては、と、その状況をなんとか変えようともがいたりする。

そうした感情、思いのひとつひとつは部分であって、自分そのものではないんですね。けれども、自分はだめだとかここが足りない、その資格がない、みたいに欠落した存在、という“分離”の意識から、結局ひとつになろうとがんばるんだよね、最初っからひとつなのに。

だから、ほんとうは上でざっくり書いた「自分の血肉に変えちまおううじゃないですか」は、まだマインドからの視点でのメッセージで、厳密に、というかさらに深い理解、というか真実にもとづくならば、「だってほんとは個であり全であり、そもそもひとつなんだから」って感じです。

もっと簡単に言えば、米、おかず、みそしる、全部ちがう素材だけど口に入れて噛んだらもう全部いっしょじゃん、けどほんとはそうするまでもなく食料であり物質であり素粒子であり波なんだよ自分といっしょ。ね。まちがいじゃないでしょ(笑)。

長くなってきたのでこのへんにしときます&今日はちょっとカードの解説っぽく書いてみましたけど、なんとなく感じとってもらえればと思います。

でもね、これは執着や嫉妬にも関係してて、とどのつまり、自己価値の問題に行き着くんだよね。ここが結局、根本的なことなんじゃないのかなと思います。

とりあえず ワークショップ でも、この自己価値と、いわゆるありのまま、無条件について何かやる予定なので、よかったら来てみてください。

あと、今週後半は、黄色、というのもわたし的に目についたもののひとつです。
カラーセラピーとかでの意味はわからないんですけど、あくまでもわたしにとっての黄色から連想されるもののひとつは太陽神軽叢、いわゆる第3チャクラ、さらにいうと父との関係とか、こどもの頃、決定的に受け容れたくなかった理不尽な体験、まあいわゆるトラウマですけど、そうしたことへのメッセージとして受け取りました。これはわたしにとって、恋愛観、家族感、そしてやっぱり自分というものの価値にものすごく影響してます。

今日の夢もそれを示唆するもので、また鍵の解除につながる大きなメッセージだったんですよね。もう、このことについて自由になる準備ができたんだなあ、と。

もちろん、いやいや自分にとってのワニとは、とか、黄色は、というひとそれぞれの解釈があると思うので、これをそのままに受け取る必要はなく、自分にあてはまるとこだけつかってくださいね。

というわけで、また。
ほわっほわの週末を☆


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12月のメディスン☆
 
めずらしく、ひと月分のメディスンを出してみました。
出たのはわたしの大好きな「アリ(蟻)」のカードです。

メディスンカードはネイティヴアメリカンの叡智、世界観等を表現していますが、動物の性質をはじめ、童話や寓話、ことわざ等、その象徴性は世界各地の民族に共通するものであり(というか、“ひとつ”なので当然なのですが)、それらを通して覚醒、神、宇宙といった“ひとつ”、つまり善/悪、正/誤等の分離のない“1”について表現する媒体で、だからこそ1枚1枚が、その“ひとつ”からはずれてしまったと“感じている”ときの処方箋であると同時に、ワークにもなっているんですね(まあ、これはわたしの解釈ですけれども)。

で、このアリのカードを処方箋になぞらえてみるならば、効能は「全体性」、それを思い出すための「忍耐力」と「信頼力」を取り戻そうじゃないか。そこで、アリの性質をみてみようじゃないかと。

リーディングの講座でもお話しているのですが、今年の夏のある日、ものすごくスイカが食べたくなって仕事帰りにスーパーに寄ったんです。で、もう入った途端にスイカフェアみたくスイカが並んでいて、さあ買ってお帰りよ、とみんながわたしを見ている、みたいな雰囲気だったんですけど、その日は荷物が多くて、こんな重いものを持って帰るのはいやだなあと思い、しばし食べたい、重い、食べたい、重いと葛藤をしたのち、今日じゃなくていいやと思って、別のフルーツを買って帰ったんです。

で翌日の晩、友人から「スイカ好きだよね?」という電話。なんでもうちの近所の知人の家に仕事の打ち合わせに行き、帰りにスイカがあまってるから持っていけとのこと。しかし友人はあまりフルーツを食べる習慣がなく、断ろうかと思ったときに、わたしの顔が浮かんだというんです。そして「好きにきまってんじゃん!」とこたえると、「じゃあ、いまから持ってくよ!」。

これが、アリのカードのいう「全体性」「忍耐」「信頼」なんですね。

わたしのところまでスイカが運ばれてくるためには、友人がわたしの近所に住む知人と仕事をし、その知人宅で打ち合わせをしなければならず、その知人は友人が家に来る前にスイカが食べたくなり実際に買わなくてはならず、しかも全部食べきれない状態でなければならなかった。さかのぼればスイカは知人が買いやすい状況で売られていなければならないし、ほかにももっといろんな経過を経ているでしょう。

つまり、「スイカが重くなければ食べたい」というある意味高飛車なわたしの願いのために、これだけの事象が発生したわけです。なんと壮大な物語でしょうか。そしてこれが「全体性」というものの一例なんですね。

アリが女王アリのためにえさを運ぶように、この場合、わたし目線では女王アリ=わたし、になりますが、願いという点においては食べきれなかったスイカを誰かに食べてほしかった知人も女王アリであり、スイカを運んでくれた友人は、わたしに見せたいものがあったのでちょうどよかった、とのことで、このひともまた女王だった。出来過ぎじゃね? と思われるかもしれないけれど、実際、すべてのひとが働きアリであると同時に女王アリでもあり完璧なんです。たとえそのときはそう見えないように思えても。

そしてもっといえば、誰かが誰かの願いを叶えているように見えるけれどもそれは単なる判断と解釈による“ラベル”であって、ただそういったできごとが発生しただけなんですね。でも、そのようにして世界は動く。動いてる。

長くなってきたのでそろそろ締めますが、全員が全員のためになんらかの動きをしているということ。“わたし”がするのではなく、“全体”が動く。それを「信頼」するということ。そして、信じられないとかひとにたよってはいけないとか甘えてはいけないと、すべて“わたし”のちからで成し遂げよう、あるいはがまんしようといった“分離”に流されないよう全体にとどまること。それがここでいう「忍耐」なんです。

時間軸という直線上の“枠”を超えてすべてを眺めてみれば、自分というものが偏在していることに気づく。“わたし”ではなく“全体”としてあらゆることをみてみたら、世界って、素晴らしくないですか? 

今月、いろいろいろいろ思うことがあるかと思いますが、必要なものは必要なタイミングで必ず手に入ります。そこに余計な茶々、“わたし”という分離を入れなければ。。

どうぞ、“わたし”という個から“全体”、もっといえば“全体=自分”という視点でぜひすべてをみてみてください。
ほんとにそうやってみてみたら、すごい楽になると思います。
だって、全部が自分なんだもの。。


というわけで、長々とお読みいただき、ありがとうございます。
全体で、素敵な時間を過ごしましょう☆

お知らせも諸々よろしくお願いします☆☆☆
(ワークショップのお申し込み、ワンポイントメディスンの情報も更新しました)











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全体のメディスン☆見たとき~11/19ぐらいまで。それぞれの感じで☆

 

恋愛や仕事、生き方そのもの、具体的にいろいろ思うことはあるものの、その根底にあるのは概ね現状を変えたいだと思うんです。いまの現状に不都合があると思っていたり、このままの自分でよいのかと不安になったり、だからこそ今後どうしていったらいいのか、つまり未来に視点があるんですね。 


で、変わりたい、変えたいと思うとき、いろんなやり方があると思うんです。話し合いをしてみるとか仕事を辞めるとか引っ越すとか、外見や生活パターンを変える、徹底的にものを捨ててみる等、物理的に行動してみる。あるいは占いなどで出た結果の通りにしてみるとか。でも、うまくいったりいかなかったりする。 


それはなぜかといえば、行動は変わっても、意識は依然としてこれまでのままだからなんですね。新しい服を買って着替えたものの、実は変えたのは上着だけで、その下はきのうまでと同じ格好、みたいな感じ。 


変わるためのやり方は、ほんとにいろいろあると思うんです。けれど、たとえばいま住んでいる家が木造で、そこから鉄筋に変えたいと思っても、木は木なんだし、外観だけ鉄に取り替えてみても、土台はやっぱり木なんですよね。 


変わりたいと思うのなら、逆説的ですが、変えようとしないこと。 


前回、まっさらな自分、と書きましたが、新しい服に着替えたいなら、いままでの服を染め直したり分解して縫い直したりなどせずに、一度全部脱ぎ捨ててしまえばいいんですね。 


脱ぎ捨てるには勇気がいると思います。でも新しい服って、裸のままでいると、なぜか勝手にやって来るんですよね。しかも、瞬間ごとに生まれ変わるように新しくいることもできる。それはもちろん、いままでの服をまた着直したりしなければ。。 


というわけで、 Have a great NOWHERE☆☆☆ 

いつでも生まれたて、みたいにいられたらいいですね。。 




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全体のメディスン☆見たとき〜8/6ぐらいまで

今週webDICEのほうの更新がないので、なんとなく全体のメディスンだけ書くことにしました。6つの画像から選ぶやつは、アーカイブにある1年前のいまごろのやつとかでやってみると面白いかも。。っていうか、いつのやつでもOKと思います。

で、いちおう次回のwebDICE更新までという感じの全体のメディスンですが、「調和、自分のリズムをバランスする、取り戻す」。

不安になってるときやこたえの出ない考えをずっと続けているとき、混乱しているとき、だいたい呼吸が浅くなってますよね。まさに“いきづまっている”。

呼吸って、さあ今日も生きてくために息を吸うぞ、吐くぞ、とか意識してするものじゃないですよね。もしもそうなら、寝てるときは誰が指示を出してるんだと。

たぶん、わたしたちって、生きる、と無自覚に決めて無意識に信じてる。肉体は、生きる限り生きるように自動的に働く。というか、そのようになってる。各器官、細胞、肉体を形作るすべて、肉体を生かすために必要なすべての要素、動きが。だから、生命になんらかの危機を感じるようなできごと、不安とか恐れといった感情が生まれると、血管が収縮したり免疫が低下したり、呼吸がスムーズじゃなくなるんじゃないですかね。

すべてが調和しているとき、立ち止まることも塞き止められることもなくすべては勝手に流れていく。けれども、調和が乱れれば滞り止まらざるを得なくなる。

深呼吸してみてください。特に吐くことを意識して。
以前、ある先生が「呼吸には無意識の呼吸と、意識的な呼吸がある」とおっしゃっていたのですが、無意識の呼吸が生きるための前提の機能ならば、意識的にする呼吸は、不調和を調和へとバランスするためにつかうものなんじゃないでしょうか。不要なものを吐き出してリラックスし、新鮮な空気を採り入れて満たし、新たなリズムを生み出すために。

実際に一定時間以上一定のリズムで深い呼吸を行うことによって、脳内の神経が活性化され、その結果精神の安定や免疫を上げることが証明されてますよね。

あらゆることは、ほんとうはそのままに勝手に動き整う。
いつでも、自分のリズムで。

というわけでHave a nice weekend☆

って、普通に締めますが(笑)、さっき書いてる途中で窓を開けたら突然やもりが飛び込んで来てですね、まさにここ最近考えてるテーマ=dreamなわけですけど、全部幻想、だからこそ自分のリズムでね☆だものね。。

とりあえずいまわたしがすべきは椅子の下に隠れてるやもりをどうやって外に戻してやるか、なのですが、というか、なんかいろいろ来すぎだようち。全然都内なのに…。













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